昨日は社内研修でコーチングの研修を受けました。この何年か、よく聞くキーワードですよね。オイラが徘徊してる IT 系の Web サイトでもあちこちに出てきます。
誤解を恐れずに言えば、
「悩んでる本人の中に答えが眠ってるんだけど、当の本人だけで答えを出すのはとても難しいからパートナーが必要なんだよ」
「悩んでいる本人が自分の中にある回答を見つける手助けをするってことは、結局自主性を目覚めさせるってこと」
って感じなのかな。
「肩の上に乗ってる(口うるさくない)目玉の親父」
そんな印象を受けました。(ぜったいに誤解だな)

コーチとして来てくださったのはスマイルコミュニケーションの小林里江さん。
「ゲンキなお母さん」といった印象のコーチ。
"ゲンキなママ" じゃない? との意見もあったが、オイラの中で「ママ」という呼称が一般化されていないため、位置がどこなのか不明。
「お母さん」「おかーたま」「おかーちゃん」「おばちゃん」「おばーちゃん」の中において「ママ」とはどういった位置づけなのだろうか・・・
ちなみに料理の時にエプロンをするのが「ママ」なのかな?
白い割烹着だと「おかあちゃん」または「組うちのおばちゃん」のことを言い、「お母さん」は仕事から帰ってきてすぐに料理を作ってれるんでエプロンとかは着ない。
んで肝心の内容ですが、まんま「はじめてのコーチング」みたいな、ホントに入り口の入り口。そんなところです。
相手を知ろうとしないと何も見えないし、相手に耳を傾けないと頭に入ってこないし、相手のことを思わないと相手もしゃべれない。
ホント素朴で当たり前のことなんだけど、大事なことだよね。

今回はそこまでだったんだけど、さてここから先、どうやって現実のタスクと結びつけて行こうか。
「悩みを言われた場合」そりゃ研修のまんまだ。何となく分かる。
「日々の業務推進」う〜んイメージがうまく浮かばない。XP なペアプログラミングと結びつけるのは方向違いだろう。
コーチから先に発信するんじゃダメなんかなぁ・・・
コーチングって「もしもの時(べつに緊急時って意味じゃなく)のスキル」って位置づけなのかなぁ・・・
ダメダ、ぜんぜんうまくまとまらないや。

そうそう、研修の最後にアンケートを書きまして、そん中で「個人的にコーチングを受けてみたいですか?」って質問があったんで「はい」に丸したのよ。
ただ考えてみれば考えてみるほど「何をコーチしてもらおうか」ってスパイラル。
いや、アンケートに書いたときは確かに何か「聞いてもらいたい悩み事っぽいもの」があったような気がするんだけど、今じゃそれが「大きなこと」だったのか「細かいこと」だったのかわからないんです。
もしかしてアレから数日ですが、身の回りが少しだけ、ほんのちょっぴりだけ良い方向に動いたのかもしれない、とか。